少年団員達のナマの声
テレビやビデオで少年合唱団や聖歌隊を題材に多くのドキュメンタリーが製作されています。そのうち日本人の私が見られるものは限られてしまいますが、その中でも群を抜いて印象に残ったものがあります。'92年製作の「ケンブリッジ・キングスカレッジ合唱団」の『聖しこの夜』という作品です。
このビデオは、第一部にクリスマス・イヴの特別礼拝で歌われるキャロル「9つの朗読とキャロルの祭典(NINE LESSONES AND CAROLS)」をフル・バージョンで収録しています。曲間には聖歌隊団員の少年からスタートして何人かの信者達の朗読が入るという形態がとても興味深く、抜粋で見るよりもリアルに礼拝の様子を感じさせてくれます。
そして第二部は世界的に有名なキングス・カレッジ合唱団のドキュメンタリーとなっています。キングスのドキュメンタリーはいくつか見たことがありますが、割と卒業生や指導者など大人達のコメントが沢山入るものが多く、字幕もないとあまり面白味がありません。しかし、このビデオでは、少年達や聖歌隊メンバーのコメントが中心を占めていて、日本語字幕も付くので一層魅力がありました。
更に、この手のドキュメンタリーにありがちな合唱団員の生活紹介や歴史をなぞっただけのものではなく、ラフでありながらも「最も知りたいこと」を網羅している充実した内容に目を奪われました。メンバー達の率直で時にウィットに富んだ受け答えが面白くて、楽しく見ることができます。
【日々の暮らしぶり紹介】
最初は、キングス御馴染みの黒ガウン+シルクハット姿の着替えから始まります。なぜか聖歌隊の場合は、この着替えシーンが多いのです(笑)。私のようなファンに限らず、誰でも「あの独特の聖歌隊服の下はどうなってるのか?」と興味を持ってしまうのかもしれません。ちなみに聖歌隊服というと写真にあるように赤地(聖歌隊によって他の色の場合もある)のキャソックに白いサープレスのイメージがあり、こちらの着替えも他の映像で見たことがありました。
どちらにしても少年達は、意外とキッチリといろんなものを着込んでいるんです。麗しいものには、見えないお洒落と隠れた努力が付きものなのかもしれません。このビデオで主役のごとく(笑)頻繁に答えているまるぽちゃのマイケル・ピアース君*1のナレーションから。※全てドキュメンタリーより引用してます。
まず白シャツを着て糊のきいたカラーをつけるんだ。イートン式だけど苦しいから柔らかいのを選んじゃう。・・・(中略)・・・最後は昔からある有名なトップ・ハット。たいていはボロボロ 変なかっこうさ。
(ストリートを隊列を組んで歩くシルクハット姿の少年達が映ります。)
おかしな事に僕らを指さす観光客もいる。写真を撮る観光客も多い。・・・でもジーンズとか他の古着を着ているときは誰も見ない。さっきまで見られていたのにヘンな感じだよ。
なかなか的をついた率直な意見です。まさしく常日頃、私もその観光客と同じ行動をとってますからね(笑)。
その後、学校生活や聖歌隊の編成の紹介が続きます。日々、忙しい団員達は「普通の学校生活より大変だよ」と本音を漏らします。ソプラノパートの少年メンバーは、16名。大学生は14名で聖歌隊奨学生という立場。少年達は変声の後、いったん脱退して聖歌隊奨学生をめざす子もいるようですが、どうやらこちらも厳しい選抜があるようです。
また4時から6時までの2時間の練習時間がありますが、時間が決まってるのが辛いらしく、クリケットの試合でも「途中退場 聖歌隊へ」というユニークな書きこみで練習へと急ぎます。その分、遅れてくる団員は皆無。このあたりの厳格さは、さすが!ちょっぴり羨ましい環境だな、と思いました。
【ボーイソプラノの運命と試練】
続いて、ボーイソプラノソリストの特色、歌ってるときの心境と変声期についてのインタビューが続きます。まずは、ヘッド・コリスター*2のマイケル・ピアース(MICHAEL PEARCE)とロバート・グレニング(ROBERT GREENING)の「アレグリ/ミゼレーレ」練習風景から。
難度高いこの曲は、聖歌の中でも飛びぬけて大好きな曲です。ゆったりとした美しい旋律の中を麗しく荘厳なボーイソプラノの最高音が響き渡り、リフレインされていきます。それでいてしみじみとした味わいもあるのですが、過剰な表現力を抑えて淡々と歌うのがこの曲の極意。それだけにキングスカレッジの透明かつ繊細なソプラノは、適任という感じです。
レッスンでは二人の素敵なデュエットが聞けますが、ソプラノの高音を長く伸ばしていたマイケルの顔が幾分苦しそうになり、息が続かなくなってしまいます。顔をゆがめ、喉をしきりに押さえているマイケル。「ここでブレスを入れると楽になるよ」と先生が指導を入れます。その後、礼拝堂(本番)での見事な歌唱が続きます。
本番の5分も前から心配する必要ないよ。たとえ大きなソロがある時でもね。2分前になったら考え始めればいいんだ。練習中なら何度でもやり直せるけど、本番はもうラストチャンスだからね。
(by MICHAEL PEARCE)
そして、はかないボーイソプラノの運命について、実際に歌ってる少年達の気持ちを直接聞いた貴重なインタビュー。通常はサラリと触れられることが多いのですが、現役のソリストや、変声直後の少年、かつてボーイソプラノだった団員のコメントが続けて聞けます。初めて見たときは、ついつい涙してしまったほど、その本当の思いは画面からストレートに伝わってきます。
ボクは直に声変わりだから、ソプラノからバスやテノールに変わる間は歌わない方がいい。クヨクヨしたってしょうがない。死と同じで避けられないもの。
(by ROBERT GREENING)
声変わりしたくない。ソプラノで歌っていたい。素敵だし一番上だし。ボクは声変わりはうんと先であってほしい。
(by MICHAEL PEARCE)
父とテープを聞いていたら高く美しい声がBフラットを出した。それは僕だった。僕は泣けてきた。「もう楽にこの音は出せない」「これからはどんどん辛くなる」「ソプラノの時は少なくとも発声は辛くなかったのに」その現実を認めなきゃならない。まだ後輩達にはわからないだろう。
(by 青年団員)
その後も、カウンターテナーの練習風景、美しい歌声を作り出す礼拝堂の構造、楽器のレッスン、現代曲へのチャレンジ、新学期始まりで家族との別れ、予備生*3などオーソドックスな内容も紹介されていきます。
聖歌隊の少年を選ぶ基準は優れた声 適度な学力 体力ときらめき。確かに特別な子を選りすぐっています。エリート主義も否定しません。でも人間何かに秀でていればエリートの一員なのです。
「エリートを選ぶ」という指導者の言葉にはちょっとドキっとさせられますが、ある意味とても納得させられました。”子供の情操教育”という次元とはかけ離れた世界のある聖歌隊は、子供であっても大事な任務を与えられている特別な子供達なのです。歌うことが好きなのはもちろん大事ですが、自分の使命を理解し、厳しく制約の多い生活にも耐えねばなりません。
ラストは、また忘れられないほど感銘を受けたものでした。1918年に誕生し、その後、キングスカレッジでクリスマス・イヴに歌い継がれてきた「9つの朗読とキャロルの祭典」。その式典の冒頭はボーイソプラノのソロから始まります。ナレーションでも「”ダビデのムラの馬屋のうちに”を歌い出すのソロに選ばれた少年は重大責任だ。」という言葉が入ります。
どうやらこの曲のソリストは直前まで、団員達にも秘密にされるそうなのです。'91年のソリストは、このドキュメンタリーに何度も登場しているマイケル君。そして'92年の式典直前のシニア・コリスター2人へのインタビュー。
どきどきするよ 出だしのソロは誰なのか。クレオベリー先生は直前まで言わない。上級生の誰かなんだ。
(by DOMINIC GILL)
インタビュアーに「君かも」と言われると、破顔して「そうだね 僕かもしれない」と語るドミニク君。
本当言うとすごく歌いたい。でも当日のその瞬間まで僕かどうかはわからない。
(by MAGNUS JOHNSTON)
全国中継(世界にも中継されています)のその最初のソロは誰だったのか?これが第一部の礼拝に繋がっていくのです。正直、その編成には唸りました。まるで謎解きのごとく、正解を求めて再度見返すことになったからです。結果は、Benjamin Dawson君。
ドキュメンタリーでは見かけない顔でしたが、MAGNUS君が第2ソリストのごとく、他の曲では多くソロをとっていたので、時期的には最後のインタビューの後なのでしょう。するとBenjamin君は上級予備生から上がったばっかりなのかな?いずれにしても、この礼拝には、マイケルとロバートの姿はありませんでした。彼らは変声を迎えてしまったのでしょう。その切なさが最後に胸の奥に残った、逸品のドキュメンタリーです。
「聖しこの夜」輸入盤はこちら→http://www.amazon.co.uk/Festival-Nine-Lessons-Carols/dp/B00004R6LN/sr=8-5/qid=1165037878/ref=sr_1_5/026-4405629-8358803?ie=UTF8&s=video
早く日本盤DVDで再発されないかなあ。
Festival of Nine Lessons & Carols
- アーティスト: Various,Stephen Cleobury,Cambridge King's College Choir
- 出版社/メーカー: EMI Classics
- 発売日: 1999/11/02
- メディア: CD
- この商品を含むブログ (1件) を見る
- アーティスト: César Franck,Felix Mendelssohn,Franz Schubert,Gabriel Fauré,Giuseppe Verdi,John Ireland,Maurice Greene,Patrick Hadley,Sigfrid Karg-Elert,Stephen Cleobury,Tom Winpenney,Ashley Grote,Cambridge Boys of King's College Choir
- 出版社/メーカー: EMI Classics
- 発売日: 2004/09/06
- メディア: CD
- この商品を含むブログ (1件) を見る
Allegri: Miserere; Palestrina / Willcocks, Kings College Choir
- アーティスト: ALLEGRI & PALESTRINA
- 出版社/メーカー: DECLE
- 発売日: 1999/08/20
- メディア: CD
- この商品を含むブログ (2件) を見る