”少年モノ”漫画の金字塔
今は亡き三原順さんの書いた『はみだしっ子』は、私にとって永遠の愛読書です。
子供時代に、数十回と読み返した名作で、今でも登場人物の4人の少年達のキャラクターは、私の中にしっかりと息づいています。まるで本当に彼らと共に同じ時を過ごしたかのような錯覚すらあるほどに。
白泉社コミックスで13巻まであるこの漫画ですが、1巻1巻全く無駄なく、心に残るエピソードが満載です。最初は屈託のない可愛い少年達(グレアム、アンジー、サーニン、マックス)なのですが、読み進めるうちに実はそれぞれに家庭環境に問題があって、本来居るべき場所から逃れてきた少年達であることが分かります。
ピアニストの父親から精神的なプレッシャーを受けて苦しんだグレアム、(母である前に)女優を選択した実母に捨てられたアンジー、夫に従順すぎて精神を病んでしまった母を見て育ったサーニン、父親からいわれのない虐待を受けていたマックス。一見、仲良しで元気なはみ出し4人組は、それぞれ子供には重すぎる過去を背負って、逞しく力を合わせて生きています。
旅先で知り合った見ず知らずの大人の家にもぐり込み、なんとかネグラを預かるも、そこでいろいろなトラブルに巻き込まれたり、実の親からの干渉を受けたり。4人と一時過ごす何人かの大人達も個性的です。ある登場人物の「子供なんて嫌いよ、傷つくことばかり一人前で・・・。」という台詞は、子供だった当時の私には衝撃的でした。大人達だって悩んでる、傷ついている、そんな情けない姿をただ見てることしかできない子供達。
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三原さんの描く少年達の世界は、決して夢と希望に溢れたバラ色の世界ではありません。現実の困難の中でもがき苦しみ、「それでも明日はきっといいことあるよ!前へ歩いて行こう」と自分達を励ましながら生きているのです。どんなに辛いこと哀しいことがあっても、「ボクには信じる仲間がいるから・・・」「ただキミがここに居てくれるから僕は笑っていられるんだ」と。
この少女漫画が秀逸なのは、心を波打たせる言葉の魔力だけではありません。いくつものエピソードの中に人間の悲哀や魂の叫びが伝わってくるのです。コミックの前半で、すでに4人の運命を狂わす過酷な事件が起こります。雪山での不可抗力の事件。その罪を一身に背負って、年長のグレアムは3人を守るために黙って”生贄”になろうと心に決めるのです。
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やがて中盤から物語は、一転してシリアスさを増します。絵柄も立体的になり(作家の脱皮の時期とも重なったのでしょう)、リアルなタッチに変わっていきます。この作風は、その後ずっと続きました。漫画の中にいる少年達や架空の町がまるで実際のことのように思えてくるような力のある画で酔わされました。
生真面目な医師ジャックとその愛妻パム*1という夫婦の養子になる4人。安住の場となる筈の裕福な家庭の中で、放浪生活に慣れていた少年達は当初むしろ違和感に悩まされます。そして、同じ居住区のグレた少年・リッチーとの確執から、腹を刺されたグレアムと義理の弟達は「裁判」という”理論武装の化かし合い”にもナイーブな心を痛めつけられます。*2
裁判が終わっても、誰にも自分の本心を見せず、ある人物に「殺されること」を目的に生きるグレアム。そのグレアムを想って「どうせオレは何もできないんだ」と人知れず泣きながら、どうにか暴走を食い止めたい、と願う’世話焼き’少年アンジー。このアンジーの、普段は天邪鬼で大人びた皮肉屋なのに、本当は誰よりも優しく繊細な人柄に当時何人の女の子が熱をあげたことか(笑)。
そう、彼はたとえれば「トーマの心臓」のオスカーのような華のある存在です。もちろん、ビジュアル的にも(サラサラのストレートヘアで)魅力的なキャラクターです。大人っぽくて賢しいグレアム、馬好きの自然児サーニン、甘えん坊のマックスとこの4人の絶妙のハーモニー。
彼らはすでに架空の世界の住人ではなく、”現実”の思い出の1ページになっていて、振り返ればいつでも彼らの姿が見えてくるんです(ってちょっとアブナイかしら?)。
君達と会えて本当に幸せだったよ、いつまでも一緒だよ!
◆2021.1.16追記:私のご贔屓となっている劇団スタジオライフがはみだしっ子初期作品を舞台化しています。3作品でDVDも発売されました。
www.studio-life.com
◇コミックス
単行本:JUN MIHARA:comics1
→ 個性的な表紙も楽しめます。
企画本:JUN MIHARA:comics10
→「はみだしっ子」「はみだしっ子全コレクション」は、宝物です。
- 作者:三原 順
- 発売日: 2015/04/08
- メディア: 単行本
- 作者:三原 順
- 発売日: 1996/03/01
- メディア: 文庫