拍手無しの'90年来日公演
時は'90年6月3日のこと。'86年に初来日したテルツ少年合唱団のコンサートを見ること叶わず地団駄踏んでから4年後、念願の来日コンサートを見ることができました。
場所は、福島音楽堂。陣取ったのは前方中央の席。初めて訪れたホールでしたが、テルツ少年合唱団の圧倒的な声量を堪能するにふさわしい音響の素晴らしさに感謝感激!また少年達が壇上に並んだだけで妙な威圧感すら感じました。
これから噂のテルツ少年合唱団のハーモニーを味わうことができる、という期待感はとても大きく・・・。冒頭の「パレストリーナ/マニフィカト」でものすごい迫力のハーモニーがホールを覆い尽くすと、予想以上の素晴らしさにただ圧倒されてしまいました。1曲目がつつがなく終わった瞬間。シーン、と静まりかえるホール。
ふと奇妙な”間”が広がります。「あれ、まだ途中だっけ?」と思っていると、少年達も怪訝な顔をしています。そんな中、指揮のシュミット・ガーデン先生だけは、平静のまま再び指揮棒を振り始めました。2曲目に「メンデルスゾーン/3つびモテット」。ここでもソロは絶好調、ひときわ目立つのはクルクルパーマの黒髪に野太いソプラノの、クリスチャン・フリークナー(Christian Fliegner '76.11.11生)。
'86年には小さな団員として来日し、またたらさわみちさんのテルツ少年合唱団レポートなどでその写真をちらほら見ていた少年の成長した姿でした。小さい頃から子供らしからぬ風格を見せていたのですが、それもそのはず、来日する前からCD録音やコンサート、オペラなどでキャリアは超級のソリストでした。その歌声には全く危なげがなく、圧倒的な迫力で耳に入ってきます。
【観客は、本格派?】
フリークナーは曲間で、後列から時折指揮者へ目配せをしたり、頷いたり、口元で何かを告げていたり、と”カゲの番長”(笑)、いやいやリーダー格であることがすぐ分かりました。なんとこの日の公演では、第一部最後まで、拍手が全く起こらなかった、というハプニングがあったのです。客席のあまりの静かさに何人もの団員達の表情には動揺が広がっていました。
単に慣れぬ宗教曲が続いて拍手をするタイミングを逃してそのままいってしまった・・・というのが真相だと推察していますが、日本公演も始まったばかり、東京でやんややんやの喝采?を受けてきた少年達には、「僕らの演奏がまずいからかな?」という不安が芽生えてしまったんでしょう。静かな観客を前に、落ち着きがなくなっていく団員に「心配ないから」というようにシュミット・ガーデン先生の落ち着いた指揮が続きました。
そんな中、圧巻は『魔笛』の3童子ソロ。松葉杖で会場入りしたシュテファン・ベッカーバウアー(Stefan Beckerbauer)が歌うパミーナのソロパートで、ピーンと伸びる強烈なソプラノを披露すると、3童子の一人であるフリークナーは負けじとものすごい勢いで歌い上げます。まるで新旧ソプラノ対決!という様相で贅沢すぎる重唱にいたく感動しつつも、「フリークナー君、そんなに頑張らなくても・・・」と思わなくもない(笑)瞬間でした。そして、素晴らしいソロが終わると今度こそ割れんばかりの拍手。
この日の演奏には、ちょっとしたおまけがつきました。第二部の民謡集、少年達は宗教曲で見せた完成度の高いハーモニーとはまた違って、若干「おふざけ」モードで歌っていたのです。始めは、地声をいじったおちゃらけた声で歌っていた少年が数人いました。しかし、第一部であれだけ団員をやきもきさせた”本格派”の観客が見ている中、おちゃらけ度はどんどん無くなっていき、美しい合唱にとって換わりました。その後、浦安公演で再び出会った少年達は、思う存分のおふざけ三昧*1。
アンタ達、ふざけすぎ!
と内心呟いてしまったほどです。それにしてもボス格のフリークナーをはじめ、アニメのキャラクターのような顔立ちのフィリップ・ツィースレビッチ(Phillipp Cieslewicz)、優等生風なクリスティアン・ギュンター(Christian Gunther)、セバスティアン・プラチュケ(Sebastian Pratschke)など個性派&実力派ソリスト達が大活躍で、その存在感はちょっと他の少年合唱団では目にできないものがあるなあ、と思ったものです。
【C.フリークナーの録音】
来日後、いくつかフリークナーのCD録音を購入しました。モーツァルトの歌劇『アポロとヒュアキントス』は、LD版でアラン・ベルギウスが歌ったメリアをフリークナーが歌っています。しかし、可憐で気品を感じさせるアランとは異なり、フリークナーのCD版は「年増のヒステリー女」(失礼)のよう。録音年代がもう少し若い頃ならば、鈴の音のような少年らしい歌声で聴けたのではないかと思うと、ちょっと残念です。
他にも日本盤でも発売された『マタイ受難曲』やテルツ少年合唱団のソロ集とも言える『クライネ・ガイストリッヒ・コンチェルテ』、歌劇は『オルフェオとエウリディーチェ』のAmor役、『ペリアスとメリザンデ』、『魔笛』など枚挙にいとまないです。日本来日頃の”油の乗り切った”ソプラノではなく、若くなればなるほど(笑)爽やかな歌声が楽しめます。
その後、フリークナーはテナーパートに移り、今でもテルツ少年合唱団の公演には必ずといっていいほど男声パートで見かけます。2000年の再来日の時は、テナーのソロパートも勤め、テレビの放送でも映っていました。若干ふてぶてしかった表情は、柔和な音楽青年へと変貌し、世話好きでとても優しい好青年という噂も聞きます。そして、少年時代から変わらず、テルツ少年合唱団を愛している姿はとても麗しく思えるのです。
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*1:「私は音楽家」でソロをとった少年の真似をして歌うのですが、ソロが緊張して上ずるとそのままコーラスも上ずる、という遊びで歌ってました。