BOY’S VOICE 新・永遠の少年たち

少年の声と少年文化に特化したブログです。

来日ソリスト列伝 ペーター・マティアス

ああ、麗しの君はたくましき村娘

ペーター

私が最も印象深いウィーン少年合唱団の来日公演は、'92年のシューベルト・コアです。'80年代の来日組の素晴らしい演奏をビデオで何百回も見返し、'89年の名演奏の記憶も鮮烈だった頃。いやが応にも盛り上がりまくり。


予約したチケットは、地方公演も含めて8回という無軌道ぶりです。今よりも公演期間は長かったものの(約4ヶ月間)、蓋を開けるまではどの程度の実力か不明なのでこれは大きな’賭け’でもありました。


その年の団員には、ちょっと知った顔がいたので(これはまた後日)面白いことになりそうだな、とほのかな期待も持ちながら公演を待ちました。


3月21日、新宿厚生年金会館というあまり音響の期待できない(汗)ホールが初日の公演に用意されていました。当日は、なんと天皇陛下夫妻が観覧ということで、ものものしい警備と無粋なカメラマンが入り、少年達はただでさえ慣れない異国の地で気の毒なほど緊張してました。合唱にもソロにもあまり勢いがなく、声も伸びきらず、かなり心配しました。なにせここでコケられたら、以後の公演は目の前真っ暗・・・です。


しかし、待った!その中で確かに中央から響き渡る、ピュアなソプラノ・ボイス。「こ・これは・・・」と耳がピーンと逆立つほど集中。その声の主が来日組のソプラノ・ソリストペーター・マティアス(Peter Matyas)君でした。落ち窪んだ目元とドラえもんジャイアンを思わせるような(?)少しばかり逞しい風体。


間違っても「美少年」とは呼べないその姿(←つくづく失礼な!)から響き渡るいささかもくもりのない天使の歌声。「ああ、神様ってなんてイジワル〜」じゃなかった、「神様、ダンケシェーン!」。

オペレッタの中のヒロイン?】


別な意味でとても強烈だったのは、オペレッタ『村の床屋』。村娘のズースヒェンを演じるペーターは、その逞しすぎる顔にとうもろこし色のカツラを被り、真っ赤なワンピースに黄色いエプロンを身にまといます。大抵の少年ならば、麗しい大変身!となるこの姿が、世にもケッタイに見えたのはさすがにペーターならでは。


‘可憐な恋する乙女‘の登場シーンは、ドスドスと床を踏みしめる男らしい歩き方にとって変わり、床屋の主人ルクスに「笑ったな」と言われればニヤリと気味の悪い微笑みを浮べます。まるで悪党が悪だくみをしてる姿にも似て実におぞましい。


さらには愛しい恋人がやってきたのに「ヨーゼフがきたわ」と吐き捨てるように語り、鬼のような形相で睨みつけます。その姿はまるでタチの悪い年増女のよう。おいおいキミ、相手はアナタの愛しいダーリンなのよ・・・*1


ヒヤヒヤしながら見ていましたが声だけは透き通って美しい。なんとも違和感ありまくりの女装でした。実はこのペーター、女役を仲間に冷やかされてかなりイヤイヤ演じていたそうなのです。さもありなん、ですが、そんな彼も公演の後のほうでは、スカートを持ってハニカミ笑顔で挨拶できるようになっていたのでホッと胸を撫で下ろしました。ちなみに、これでも彼の大ファンです(笑)。


ペーター君はその逞しいガタイから繰り出すソプラノが、信じられないほど素朴で素直な”超私好み”の少年の声でした。高音が鼻腔内で響き、吐息を織り交ぜたちょっと色っぽさもある、独特のソプラノボイス。高貴な大人びた歌声の方がウィーン少特有と言えなくもないのですが、その中で可愛い声とか素朴な声が異質に響いてくるのもたまらない味わいがあります。

【印象に残ったソリスト達】


可愛い声の代表はその後、ソリストに成長したベンヤミン・シュミーディンガー(Benjamin Schmidinger)君*2。小柄ですがソリスト*3で、ピーンとよく伸びる歌声で絶対良いソリストになる!と思ったものです。


実際にその後、いくつかのビデオやCDで実にベンヤミンらしい牧歌的なソロを聴かせてくれました。また、彼が「ラデツキー行進曲」で生き生きと太鼓を叩いていた姿が忘れられませんが、どうやら現在は太鼓の奏者にもなったようです。



アルトパートには美少年のヴォルフガング・コラー(Wolfgang Koller)君と個性派でちょっと’オヤジ’入ってるエドアルト・オーデル(Eduard Ordelt)もおり個性的な顔ぶれが多かったです。


合唱は、'89来日組のような完璧なハーモニーには叶わないものの、まとまりは悪くなく、ワルツ・ポルカの楽しさはピカ一でした。後になっても'92年組はとにかく楽しかった、そんな思い出の組です。またこの当時は、用意されたソプラノ・ソロの曲が公演ごとに違ってることが珍しくなく、それだけでもとても贅沢な喜びでした。


ペーターの声で、「オンブラ・マイ・フ」や「マーラー交響曲第3楽章」のソロを聞けましたが、バッハのカンタータやスタバート・マーテルもあったようですから、本当に全部聴きたかったです。

○雪の子キノコさんの関連記事です。
  好きなウィーン少年合唱団のクラス: 何についても初心者日記


神への祈り

神への祈り

宗教曲集ですが、好きな曲ばかりでとても聴きやすいです。5曲目には、ベンヤミンの可愛い声のソロが入っていてなかなか味わいがあります。


boysvoice-2.hatenablog.com

*1:当時、発売されたビデオを癖になりそうに眺めて楽しんでました。

*2:CDジャケット最前列の右から2番目です。

*3:実際に歌わなくてもソリストと分かることはよくあります。存在感が際立っているためです。